お疲れ様ですというのはどうなのか

社内で、挨拶に「お疲れ様です」というのはまだしも、特に仕事をしている間柄でもなく、これから仕事をするわけでもないのに、開口一番「お疲れ様です」とか言われると、なんか嫌な感じがする。はっきり言って、やめてもらいたい。

例えば、私は基本的に寝ているので、電話の音がすると、ゴソゴソ音のなるほうへ手をのばし、目は数字の「3」になった状態で(メガネを外したのび太君みたいな)「はい、もひもひ……?」と出るのだけど、そこで「お疲れ様です!」とか言われると、げんばりするし、すぐに電話を切りたくなる。第一、寝ている人にお疲れ様ですというのはイヤミ以外の何ものでもない。

それから、これから遊びに行く相手から、電話がかかってきて「お疲れ様です」というのも別におかしくはないけれど、やはり私たちはどういう関係なのだろうかと思ってしまうし、仕事臭くて嫌だ。

こういう話をすると、「仕事で癖になっちゃって……」とか、「とりあえず言っておけばいいからラクだ」とかそういう意見があるんだけど、私が不愉快なのは、まったく相手によってカスマタイズしようとしないその無神経な感覚そのものであって、ロボットの如くどこにかけるにも「お疲れ様です」としか言わないその態度を改めろ!と言いたいわけです。

一流の接客というのは個別的にやるものだし、いいホテルはお客さんの顔と名前を忘れないといいます。つまり、個人に向けられたサービスであることが一流だとしたら、仕事で癖になってしまった発言を、そもそも個人的な関係である友達にするら使うのは五流以下のサービス精神だし、友達はサービスをする関係でないとしても、元々個人的な関係であるのに、それを画一的な関係に遠ざけるのは失礼きわまりないことであろう。昨日まで普通に喋ってた友達が、急に敬語になったら、それは仲が悪くなった証拠だし、挨拶ひとつとっても個人に向けられていないものはすべて失礼だ。

社内連絡にしても、その日最初に内線で話したときに「おはようございます」と言う人はすごく感じがいいし、それは私もあなたも今日最初に話して、これから仕事をするから「おはようございます」なのであって、そこに意味が汲み取れるから感じがいいわけです。
だから、労いの言葉として「お疲れ様でした」と言われるのは嬉しいし、言葉そのものがNGなのではなくて、私が不快なのは画一的な言葉選びをする精神性なのです。

こういう無神経な言葉遣いをする人が、いいサービスを提供できるわけがないと思うし、「お疲れ様です」と無神経に使うすべての人間を解雇したい!雇っていなくても解雇したい!ああームカつく!

例えば、考えてもみたまえ。
営業だとか、接待とかで昨日散々盛り上がったとする。
次の日もフォローアップの電話もかける。
そこで、「お疲れ様です」なんて言ったら、昨日の盛り上がりが一気に冷めるじゃないか。
そこは、多少リスクをとってでも「あの後、家で完全ダウンしちゃって、今朝遅刻しちゃいましたよ~」とか同じテンションで行くべきなんじゃないだろうか。もしそういうことができないのであれば、接待なんかする意味がないし、仕事関係の飲み会なんか全部なくしたほうがいい。

こないだも、これから一緒に何かやるか、じゃあ資料を送ってくれというやりとりの後のメールも「お疲れ様です」であった。これから事業をはじめるスタートアップのメールがなぜ「お疲れ様」なのだ!?そういうことは仕事が終わって、儲かって、ビールを乾杯するときにだけ言えばいいのだ!!
「もう疲れたのか、キミは!本当にやる気があるのか!」と言いたい。

……って思いません?

まとめると、言葉遣いひとつひとつに神経を集中させて心をこめようということです。これを息を吸うように自然にできて、ようやく「感じのいい人」になれるのです。

今日はいつも紹介しない本を紹介しておきます。
シリコンバレーの交渉術

好かれないとあらゆる交渉の前提を欠くということを覚えておきましょう。

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